【古代都市ダマスカス 】
―世界遺産―
古代都市ダマスカス(こだいとしダマスカス)は、シリアの首都ダマスカスの旧市街に残る歴史的な構造物が登録されたユネスコの 世界遺産(文化遺産)。1979年に登録された。2013年にシリア内戦による被害のため、シリア国内の他の5つの世界遺産とともに危機遺産に登録された。
概要
概要
エジプト、メソポタミア、地中海地域を結ぶ交通の要衝の地として、紀元前3000年ごろから形成された都市。中東でも最古の都市の1つである。
バラダ川の南側にあるダマスカス旧市街(Old Damascus)は、城壁に囲まれた歴史のある地域である。この城壁は、1世紀頃、ローマが最初に建設したと言われている。2004年現在残っているものは、13世紀から14世紀にかけて、十字軍やモンゴル帝国の侵略を防ぐために、アラブ人が建築したものである。城壁には、7つの門が残っている。旧市街地は、狭い入り組んだ道になっているが、東西に走る真っ直ぐな道 (Straight Street)は、新約聖書にも登場している。
歴史
歴史
ダマスカスの外縁にあるテル・ラマド(ヘルモン山 のふもとにある新石器時代の遺跡)からの出土品により、ダマスカスには紀元前8000年から10000年もの昔から人が定住していたことが分かる。ダマスカスが人間が連続的に定住した世界で最も古い都市であるといわれるのは、これによる。
アラム人(アラビア半島から来たセム語派系の遊牧民)の登場までは、ダマスカスは重要な都市として記されることはなかった。
アレキサンダー大王の東征以後は、ギリシャ、ローマ帝国の支配下に置かれる。
635年、アラブ人が侵入。661年から750年まで、ウマイヤ朝の首都として栄える。
1946年、シリアの首都となる。
キリスト教とイスラム教という2大宗教の狭間にあり、様々な勢力の支配に翻弄されながらもダマスカスは、 中近東最大の都市の一つとして、ゆるがぬ存在感を持ち続けた希有な街である。
その歴史の重みをとどめる旧市街は、キリスト教とイスラム教が長く共存しつづけた地域でもあった。
主な建築物
主な建築物
・城壁
・城塞 (Citadel)
ウマイヤド・モスク
ウマイヤ朝の支配下、715年に建築された世界最古のモスク。建設には10年以上の月日が費やされたといわれている。
イスラム教の4大聖地の1つに数えられており、シリア国内はもちろん、周辺のイスラム諸国から巡礼ツアーが訪れる。非イスラム教徒の入場も許可されているが、入る門は制限されている。また、成人女性の入場にはベール等で髪を隠すことが義務付けられている。
サラーフッディーン廟
サラーフッディーン廟
ウマイヤド・モスクの北門近くにある十字軍を撃退した英雄サラーフッディーン(サラディン)を埋葬している建物。城砦近くには、馬に跨ったサラーフッディーンの銅像も建っている。
アゼム宮殿
アゼム宮殿
シリアの首都ダマスカスの旧市街にある後期オスマン建築の宮殿。ウマイヤドモスクの南側に位置する。18世紀半ば、同地方を治めた総督アッサード=パシャ=アル=アゼムの邸宅として建造。現在は、アラブの寺子屋やメッカへの巡礼の様子および寄木細工の楽器やシリアの工芸品全般など、多岐にわたる所蔵品を展示する民族博物館として公開されている。
登録基準
登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発 展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまた は明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考え
ている)。
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